旅行医学とは、文字通り、旅行中に安全に病気にならないようにする、又は病気になった時の対処の仕方を指導する医学、医療のことです。旅行の前後の予防医学でもあります。もちろん、国内、海外旅行を問わないのですが、環境も変わり言葉も通じない海外旅行の方が主になります。海外の医療保険制度を考慮すると、万が一の海外旅行保険等の知識も重要です。後で理由を詳しく述べますが、英文診断書を携行すると安心です。「高山病」も大事な旅行医学ですが、問い合わせが多いので分けて書きました。
旅行医学とは、高齢者や障害者に優しい医学です。今までは、責任問題等を恐れ、多くの医者は、少しでも病気や障害を持つ人には旅行を安易に禁止する傾向がありました。旅行医学では、むしろそういう人にも旅行をすることを奨励します。リハビリ中の患者さんには旅行(外出)という目標を持つことが非常に重要です。何故なら、やる気につながるからです。但し、そのためには万全の準備が必要です。その準備のための知識を「旅行医学」は提供します。
海外で病気になった時に、誰でも困ることは言葉が通じないことです。少し英語ができても、症状を英語で説明するのは大変ですし、そもそも英語以外の国も多いです。もちろん、日本語のわかる医者がいればいいのですが、まずそんなことはありえません。
一方、診察する医者の立場から言うと、症状はある程度ジェスチャー等でわかります。いずれにせよ、検査すればわかることも多いです。医者が本当に一番知りたいことは、アレルギー歴、既往症、持病で現在内服している薬の有無です。薬の副作用の関係でアレルギーの有無は是非とも知りたいのです。訴訟の多いアメリカの医者は、それだけで診察を拒否します。医者の応需義務などというのは、日本だけの「世界の非常識」です。医者は訴訟を恐れて「善意」を捨てます。次に、同様の理由で持病で現在飲んでる薬の内容を正確に知りたいのです。これも、副作用等の可能性で訴訟を恐れて、診察そのものを拒否することも多いのです。
そこで、非常に役に立つのが英文で書かれた診断書です。前もって、かかりつけ医や主治医にアレルギー歴、既往症、持病の病名とそのための薬の具体的な成分名(日本固有の商品名ではなく、国際的に通用する一般名)、一回の量、一日に何回内服しているかを簡潔に書いてもらうのです。もちろん英語表記でなければなりません。量も大事で、体格の差もあり、日本では一般的に外国より少ない量が多いからです。そもそも日本の多くの患者さんは、日本語でも自分の薬のことを把握している人は少ないと思います。
米国での同時テロ以来、税関での取り締まりも厳しくなり、白い粉薬は麻薬と間違われることもあり、インスリンの自己注射器等は診断書がないと取り上げられる可能性が高いのです。万が一の時、この英文診断書さえあれば、現地の医者は非常に助かりますし、従って診療自体を拒否することもありません。もちろん、外国の医者もみんなが英語が喋れる訳ではありませんが、医学的な内容を読んで理解する程度の英語力はだいたい持っています。もし、自分のかかりつけ医が英語が苦手なら、私が英訳サービスします。日本旅行医学会のウェブサイト(http://www.jstm.gr.jp)には、英文診断書の書ける全国の認定医師のリストもあります。海外赴任の場合、子供さんの就学等のためにワクチン歴の正確な英文証明書が必要になります。これも慣れない医師が書くと不備が多いようです。これも母子手帳を参考に、私が的確に英訳サービスいたします。
以前は旅行医学というと、マラリアやコレラ等の感染症が大事だと思われてきました。でも、実際に海外旅行者が一番多く亡くなっている原因は、心筋梗塞などの心臓発作や脳梗塞等の脳卒中なのです。考えてみると、当然のことで多くの中高年の人々が海外に出かける時代ですから、その人々が旅行中に生活習慣病でもある心筋梗塞や脳卒中を起こすことが多く、しかも命に関わる病気なのです。特に、ツアー客に多いのですが、日本人の弱点で回りに気兼ねしてむしろ多少の症状があっても我慢してしまうのです。躊躇する理由には、言葉の問題もあるでしょう。でも結論から言うと、外国でも、とにかく急いで救急車を呼ぶことが大切です。先述した英文診断書を持っていれば、鬼に金棒です。
ここで、私が強調したいのは時間が非常に大切だと言う事です。心臓発作の場合は当然の事ながら、一刻も早く専門医に診察してもらわないと命にかかわります。ですから、胸の痛み等を感じたら少しでも早く現地の救急病院へ行くべきです。シビレや頭痛やろれつが回らなくなったりしたら、同じく要注意ですぐに救急病院へ行くべきです。脳卒中の場合も発作から治療までの「時間」が非常に大事です。後々のリハビリに苦労するよりも、一刻も早く専門医に診てもらう事がはるかに大事です。こんな本当に緊急時こそ、言葉なんてどうでもいいのです。よく考えてみて下さい。意識がないかもしれないのに、言葉なんて関係ないでしょう。救急医はそんな患者さんにいつも接しているので慣れています。医者に任せればいいのです。
最初のイギリス人の若い女性患者がオーストラリアから帰りのエコノミークラスの狭い窮屈な席に乗っていて発病したため、エコノミークラス症候群と呼ばれていますが、日本旅行医学会では不適切な病名として「ロングフライト血栓症」という新しい病名を提唱しています。サッカーの高原選手で有名になったようにビジネスクラスでも起こります。長い時間、窮屈な姿勢で動かないでいると、しかも余り水分を取らないでいると、脱水になり(血液が濃く、固まりやすくなり)下肢に血栓ができやすくなります(深部静脈血栓症)。起き上がったとたんに、その血栓が肺動脈に飛んで、詰まって塞栓を起こし(肺血栓塞栓症)、胸痛、呼吸困難等を起こし死に至る事もあるのがこの病気です。
ですから、予防法としては、機内では水分を十分取ることです。機内はサハラ砂漠並みに乾燥しています。日本人の美徳は弱点です。回りに遠慮なく何度でもトイレに立つのです。そうすれば体を動かすことにもなります。どうしても遠慮する人は、なるべく通路側の席を予約して下さい。水分と言っても、アルコールは利尿作用(つまり、オシッコに沢山出てしまう)があり、むしろ脱水気味になるのでダメです。時々、足を動かしたり、足の体操をするのも有効です。こんな簡単なことでかなり予防できるのです。
こういう病名があるように、旅行中にはかなりの頻度で下痢をします。でも、大腸菌やノロウィルス等の細菌やウィルスによる感染症は半分もありません。所謂「水が合わない」「脂っこすぎる食事」によることも多いようです。ストレスも原因の一つです。旅行中はミネラル・ウォーターが無難ですが、国によっては栓が開いてるような「ミネラル・ウォーター」は疑ったほうがいい場合もあります。氷が特に要注意です。もちろん、原料の水が問題だからです。中華料理の油も要注意です。
旅行中だけでも、乳酸菌製剤を予防的に服用することを私は強くお薦めします。ヤクルトやヨーグルトでいいのですが、持ち運びが難しいので、錠剤や顆粒になった薬をお薦めします。病院でも整腸剤として処方されている乳酸菌製剤でも構いませんし、一般の薬店で売ってる乳酸菌製剤でも構いません。胃酸に弱いので、食間や食前の内服が勧められます。本来は「便秘」の効能が強調されていますが、「下痢」の予防にも有効です。高齢者で抵抗のある方には、昔ながらの「梅干」をお薦めします。市販のはダメです。ちゃんと、昔ながらに塩とシソで漬け込んだ梅干は殺菌作用もあります。昔から、「日の丸弁当」で有名ですよね。
糖尿病の患者さんが旅行する場合は、特に注意が必要です。どうしても、食事が不規則になりがちですし、往復の飛行機では時差の関係で薬の量や回数の調整が難しくなります。インスリンの自己注射をしてる患者さんは、より注意が必要です。先述したように、自己注射用の注射器は英文診断書等の証明書がないと税関で没収される恐れがあります。最近、テロの関係で益々取締りが厳しくなっています。具体的に、薬の量をどうするかは、菅野一男、篠塚規共著「糖尿病の人のための旅行マニュアル」(真興交易(株)医書出版部)の購読を強くお薦めします。自分の主治医と相談するのが一番いいのですが、日本の現在の多忙な外来で相談するのは現実にはかなり無理があります。
これは、当然のことながら旅行の行き先によります。アフリカ等ではマラリア等の伝染病に気をつけなければなりませんし、ワクチン接種も色々必要です。鳥インフルエンザに関しては、今の時点では一般の旅行者は余り神経質にならなくていいと私は思います。感染(細菌やウィルス)による下痢に気をつけるために、生水を飲まないように注意するのは言うまでもありません。私自身、苦い経験がありますが、ジュース等が要注意です。水で薄めたような飲み物は要注意です!氷も要注意です(水を凍らしてるわけですから)。インドなどでは、水で洗った生野菜を食べただけで食中毒になる人もいるようです。
泌尿器科医の私の専門分野ですが、これは旅行中の予防や治療はもちろんですが、まずこれらの症状のために「旅行」自体をあきらめてしまっている人も多いと思われます。大事なことは、これらの症状(頻尿、尿失禁)は「年のせい」だけではなく、病気であり、治療法がちゃんとあるということです。残念ながら、泌尿器科には抵抗がある人も多いようです。取り敢えずは、一般薬局で買える薬を試して下さい。まず、気楽に試してみて下さい。それでも治らない時は、その時こそ勇気を持って「泌尿器科」を受診して下さい。もっと強力な有効な薬があります。しかも、今はあまり面倒な検査は省略してくれることが多いと思います。開業医を受診する時は注意がいります。「皮膚・泌尿器科」は避けて下さい。日本だけの特殊な歴史的な理由で、昔は皮膚科と泌尿器科は一緒でしたが、今は全然別の科です。ところが、開業すると商売ですから、来るもの拒まずです。「皮膚・泌尿器科」の場合は、実際には皮膚科の専門のことが多いようです。つまり、必ずしも専門医ではありません。私の経験では、本当の泌尿器科医が開業する場合はプライドがあるので、語呂が悪くてもせめて「泌尿器科・皮膚科」と名乗っています。
これは、必ず加入して下さい!日本では、マスメディアが正しく報道しないので、皆さんは「有りがたみ」がわかっていませんが、日本のような安い医療費(自己負担)で、自由に医療を受けられる国は世界中どこを捜してもありません。日本では1週間の入院で、自己負担が10万円足らずの虫垂炎(いわゆる盲腸)の手術でも、例えばアメリカでは80万円~230万円もします。しかも、2日で退院させられます。多くの国で、保険に入ってないとわかると、診療自体を拒否します(貧乏人は死ね!です)。ですから、万一に備えて保険にだけは絶対に入っておくことをお薦めします。但し、現在がん保険等の不払いで問題になっているように、持病があると支払われない場合も多いので、保障の内容を吟味するようお薦めします。特に、心筋梗塞や脳卒中のことを考えると高齢者は1千万円単位の補償額の保険に入っておかないといざという時には役に立たない恐れがあります。
但し、あまり知られていませんが、外国での治療費の一部は日本の健康保険に請求すれば還付されます。現地の病院での明細領収書、治療内容の診断書をもらって下さい。但し、診断書の日本語訳が必要です(私は翻訳サービスも行います。現地での診察の値段に無関係に、日本の保険点数に準じて、自己負担の3割を除いた7割が還付されます。但し、日本の保険点数(医療費)の方がはるかに安いので、実際に現地で払った金額の7割が戻ってくる訳ではなく、はるかに少ない額にはなりますが。
まだまだ、色々な相談の需要があると思いますので、気楽に御相談下さい。基本的に無料で相談に応じます。私自身、どのような医学知識の提供の必要性があるか模索中ですので、遠慮なく御相談下さい。